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人間の記録39 栃錦清隆

人間の記録39 栃錦清隆

栃錦一代

 

人間の記録39 栃錦清隆

カタログPDF

編著者

栃錦清隆

巻数

全1巻

体裁

四六判・上製・カバー装

本体 1,800円+税
ISBN 978-4-8205-4280-3
刊行年

1997年06月刊

第二次世界大戦後の土俵を沸かせた第44代の名横綱
第44代横綱。若乃花とともに「栃若時代」と呼ばれる時代を築いた技能派力士。両国国技館の設立にも貢献。

 
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内容構成

(とちにしききよたか)
1925年(大正14)東京都生まれ
1939年(昭和14)初土俵
1947年(昭和22)入幕
1955年(昭和30)横綱昇進
1960年(昭和35)引退
1974年(昭和49)日本相撲協会理事長に就任
1990年(平成2)64歳で死去
 

傘の製造を営む家庭の次男として生まれ育ち、1938年(昭和13)、一三歳のときにボストンバッグ一つと五円と小銭五〇銭が入ったがまぐちを首から下げて春日野部屋に入門すると、翌年には本名の大塚で初土俵を踏み、1944年5月に十両に昇進し、同時に栃錦と改名しました。
第二次世界大戦中は現役として海兵団に入りますが、復員後には十両から再スタートを切り、1947年、22歳4カ月で新入幕を果たします。
関脇時代までは身長が178センチ、体重90キロ足らずの小兵でしたが、押し、投げ、足技を駆使した自在な動きをみせ、技能賞の常連として一二場所で九回受賞するという偉業を成しとげました。
1953年1月には大関、翌年の九月場所後に三〇歳で横綱に推され、「名人横綱」としてライバル若乃花との死闘は後世語り継がれる「栃・若」時代を築きます。
栃錦は、ライバルの存在について、「こういうライバルとのせり合いにこそ、自分の成長の度合、熟し方がほんとうにテストされるわけです。ライバルとの対戦は苦しくもあるが、また楽しみでもあるのです」(『本書』より)と語っています。
力士生活の末期には体重も130キロを越して堂々たる体躯となり、けがや病気にも悩まされましたが、横綱在位二八場所五年四カ月、総成績が五七八勝二四四負、四四休、横綱成績二九三勝八三負、四四休、優勝一〇回、全勝優勝一回の相撲人生を歩みました。
1960年5月場所を最後に引退し、年寄春日野となり、のち日本相撲協会の理事長として両国の新国技館建設や相撲の海外普及などに大きな功績を残し、協会の定年を直前にして死去。没後、相撲界では初の従四位勲二等瑞宝章が授けられました。

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